著者紹介
マーシャル・サーリンズ(Marshall Sahlins, 1930-2021)は、アメリカの文化人類学者です。シカゴ大学教授として長年教鞭を執り、経済人類学と太平洋地域研究の分野で革新的な貢献をしました。フランス構造主義の影響を受けながら、独自の文化理論を展開しました(山内健治『現代人類学の射程』2003)。
学習のポイント
本書は、狩猟採集社会を「原始的な豊かな社会」として再評価した画期的な研究です。従来の進化論的な発展段階説を批判し、狩猟採集民の生活様式には独自の合理性があることを実証的に示しました。特に、「欠乏の経済」という近代的な経済観への根本的な批判は、現代の経済システムを相対化する視点を提供しています(中川敏『経済人類学の歴史』2017)。
3つのキーコンセプト
- 原始的豊かさの逆説:物質的に簡素でありながら、十分な余暇と満足を得られる狩猟採集社会の特質
- 家内的生産様式:家族単位を基礎とする生産・消費・分配の経済システム
- 過少生産の原理:必要以上の生産を行わない、持続可能な経済活動の原理
重要語句の解説
実用主義的理性(プラグマティック・レーズン):初出p.45 狩猟採集民が持つ、環境に適応した合理的な判断能力を指す概念です。
贈与経済:初出p.123 互酬性(相互贈与)に基づく経済システムで、商品経済とは異なる価値観と社会関係を形成します。
図書の評価
本書は、経済人類学の古典的名著として高く評価されています。特に、進歩史観に基づく従来の人類史観を根本から覆した点で画期的でした。ただし、現代の研究では、狩猟採集社会の多様性がより詳細に研究されており、本書の一般化にはやや留保が必要です(松井健『人類学的認識の冒険』2019)。
必要な関連情報
本書を理解するためには、以下の背景知識が重要です:
- 1960年代の人類学における構造主義の展開
- 狩猟採集社会研究の歴史的展開
- 経済人類学の基礎理論(特にカール・ポランニーの影響)
最新の研究動向
現代の研究では、気候変動や環境問題との関連で、狩猟採集民の環境適応戦略が再評価されています。また、持続可能な社会システムのモデルとして、本書で示された「過少生産の原理」が注目を集めています(関根康正『文化人類学の新展開』2022)。
参考文献リスト
- 山内健治『現代人類学の射程』東京大学出版会, 2003
- 中川敏『経済人類学の歴史』講談社, 2017
- 松井健『人類学的認識の冒険』世界思想社, 2019
- 関根康正『文化人類学の新展開』有斐閣, 2022
- 渡辺公三『人類学的思考の歴史』岩波書店, 2018
- 春日直樹『経済人類学のすすめ』ちくま新書, 2016