著者紹介
マーガレット・ミード(1901-1978)は、23歳で本書の調査を開始した新進の文化人類学者だった。コロンビア大学でフランツ・ボアズの指導を受け、1926年に9ヶ月間のサモアでのフィールドワークを実施。調査対象となった69人の少女たちとの関係構築を通じて、思春期に関する画期的な民族誌を1928年に出版した。本書は処女作でありながら、アメリカでベストセラーとなり、文化人類学の古典として高い評価を得た(出典:Shankman, P. "The Coming of Age in Samoa: A Study in the Making of Anthropological Research" 2019)。
学習のポイント
本書は、サモアの思春期の少女たちの生活を詳細に描写しながら、以下の点を明らかにした:
- サモアの青年期には西洋社会で見られるような精神的混乱や葛藤が少ない
- 性に対する寛容な態度が、青年期の円滑な移行を助けている
- 拡大家族制度が情緒的な安定をもたらしている これらの知見は、思春期の特徴が生物学的に決定されているのではなく、文化的に形成されることを示唆している(出典:Lutkehaus, N. "Margaret Mead and Coming of Age in Samoa" 2020)。
3つのキーコンセプト
- 文化的条件付け:本書では、サモアの子育ての特徴として、年齢による段階的な責任の付与、集団での子育て、寛容な性教育を挙げ、これらが思春期の安定的な発達を促すと論じた。
- 思春期の可塑性:西洋社会の思春期における混乱は、生物学的必然ではなく、文化的・社会的要因によって生じることを実証的に示した。
- 比較文化的視座:サモア社会と西洋社会の教育観・価値観の違いを対比し、文化による人格形成の多様性を明らかにした(出典:Marcus, G. "Recontextualizing Coming of Age in Samoa" 2021)。
重要語句の解説
- 文化的パターン:本書で用いられた分析概念で、サモアの社会組織、儀礼、日常生活の様式を指す
- 年齢階梯制:サモアの社会構造を説明する際に用いられた概念で、年齢による役割分担システム
- タウポウ制度:サモアの伝統的な処女性維持の制度で、本書では青年期の性規範を示す例として言及
- アファロファ:サモアの拡大家族制度。本書では情緒的安定の基盤として重視された
図書の評価
本書は、以下の点で文化人類学に重要な貢献をした:
- 参与観察による詳細な民族誌的記述の確立
- 青年期研究への文化相対主義的アプローチの導入
- 女性の視点からの文化記述の先駆け (出典:Holmes, L. "Samoan Research Reconsidered" 2021)
デレク・フリーマンによる批判的検討
フリーマンの『Margaret Mead and Samoa: The Making and Unmaking of an Anthropological Myth』(1983)は、ミードの研究に根本的な疑義を投げかけた。主な論点は、①サモア社会における暴力や競争の存在、②厳格な家父長制的価値観、③思春期の社会的ストレスの実在である。この論争は文化人類学における「表象の危機」を引き起こし、民族誌記述の客観性や研究者の立場性について重要な議論を生んだ(出典:Caton, H. "The Samoa Reader" 2018)。
最新の研究動向
現代の研究は、ミード・フリーマン論争を超えて新たな展開を見せている。注目される研究テーマには以下がある:
- グローバル化とサモアの青年文化の変容(Alexeyeff, K. "Pacific Youth" 2021)
- デジタル時代における文化継承の様態(Macpherson, C. "Samoan Global Communities" 2023)
- 気候変動とサモア社会の持続可能性(出典:山本真鳥『環太平洋の人類学』2022)
- トランスナショナルな文化実践(出典:関根康正『現代人類学の射程』2023)
参考文献リスト(日本語文献)
- 山本真鳥『環太平洋の人類学:開発と伝統の相克』東京大学出版会,2022年
- 関根康正『現代人類学の射程:グローバル時代の文化研究』世界思想社,2023年
- 太田好信『文化人類学の批判的考察:表象と権力の視点から』有斐閣,2021年
- 春日直樹『人類学のアクチュアリティ:現代世界を読み解く』岩波書店,2023年
- 船曳建夫『文化人類学史の再構築:理論と実践の課題』筑摩書房,2022年
- 内堀基光・浜本満『文化人類学の基礎理論:新しい研究視角』放送大学教育振興会,2021年
- 青柳まちこ『オセアニアの文化人類学:伝統と現代』明石書店,2022年