ウィリアム・ホワイト『ストリート・コーナー・ソサエティ』(1943) 学習ガイド
著者紹介
ウィリアム・フット・ホワイト(William Foote Whyte, 1914-2000)は、アメリカの社会学者・人類学者である。ハーバード大学で学び、シカゴ大学で博士号を取得した。ホワイトは、参与観察法を用いた都市エスノグラフィーの先駆者として知られ、『ストリート・コーナー・ソサエティ』は彼の代表作として高く評価されている。この著作は、彼が1930年代後半にボストンの貧困地区で行ったフィールドワークに基づいており、都市社会学と質的研究法論の発展に大きな影響を与えた。
1.学習のポイント
本書を学ぶ上で重要なのは、以下の点に注目することである。
まず、研究方法としての参与観察の重要性を理解することが大切である。ホワイトは、コミュニティの一員として長期間生活しながら観察を行うことで、内部者の視点から社会構造を捉えようとした。この手法により、表面的な観察では得られない深い洞察が可能となる。
次に、都市の貧困地区における社会組織のダイナミクスに着目することが重要である。ホワイトは、一見無秩序に見える街角の若者たちの間に、実は複雑な社会構造が存在することを明らかにした。この視点は、都市問題や社会的排除の問題を考える上で今なお示唆に富んでいる。
さらに、エスノグラフィーの記述スタイルにも注目すべきである。ホワイトは、科学的な分析と生き生きとした描写を巧みに組み合わせている。この文体は、後の質的研究に大きな影響を与えた。
2.キーコンセプト
本書を理解する上で重要な3つのキーコンセプトがある。
第一に、「社会構造(初出:デュルケーム)」の概念である。ホワイトは、一見ばらばらに見える個人の行動が、実は緻密な社会構造によって規定されていることを示した。これは、個人の行動を社会的文脈の中で理解することの重要性を示している(出典:佐藤郁哉『エスノグラフィー・ストリートの人間学』)。
第二に、「インフォーマルな社会関係」の重要性がある。ホワイトは、公式の制度や組織だけでなく、日常的な交流や暗黙のルールが社会生活を形作っていることを明らかにした。これは、後の「社会関係資本(初出:ジェームズ・コールマン)」の概念につながる洞察である(出典:野沢慎司『リーディングス ネットワーク論』)。
第三に、「参与観察法(初出:ブロニスワフ・マリノフスキー)」の実践がある。ホワイトは、研究者自身がコミュニティの一員となることで得られる洞察の重要性を示した。これは、後の質的研究方法論に大きな影響を与えた(出典:佐藤郁哉『フィールドワーク』)。
3.重要語句の解説
「コーナーボーイズ」は、本書の中心的な研究対象である街角に集まる若者たちを指す。彼らの行動パターンや社会関係が詳細に描かれている。
「ラケット」は、違法または半違法の経済活動を指す。本書では、貧困地区の経済構造の一部として描かれている。
「社会的流動性」は、個人の社会的地位が変化する可能性を指す。本書では、コーナーボーイズのキャリアパスを通じてこの概念が検討されている。
「エスノグラフィー」は、特定の文化や社会集団を詳細に記述する研究方法を指す。本書はこの方法の古典的な例として評価されている。
4.図書の評価
『ストリート・コーナー・ソサエティ』は、都市社会学と質的研究法の古典として高く評価されている。その価値は主に以下の点にある。
第一に、方法論的革新性が挙げられる。ホワイトの参与観察法は、後の社会学・人類学研究に大きな影響を与えた。特に、研究者自身のポジショナリティ(立場性)を明示的に扱う点で先駆的であった。
第二に、理論的貢献がある。ホワイトは、貧困地区の社会構造を詳細に描くことで、当時支配的だった「社会解体論」に異を唱えた。これは、都市問題への新たな視座を提供した。
第三に、記述の豊かさが評価される。ホワイトの生き生きとした描写は、学術書でありながら一般読者にも訴える力を持っている。
一方で、現代的視点からの批判も存在する。例えば、ジェンダーの視点が不十分である点や、研究対象との関係性の扱いに倫理的問題がある点などが指摘されている(出典:藤田結子・北村文『現代エスノグラフィー』)。
5.必要な関連情報
本書をより深く理解するためには、以下の背景知識が有用である。
まず、1930年代のアメリカ社会の状況、特に大恐慌後の都市貧困問題について理解しておくことが重要である。
次に、シカゴ学派社会学の歴史と方法論を知ることが有益である。ホワイトの研究は、ロバート・パークやアーネスト・バージェスらの影響を強く受けている。
また、都市社会学の基本的な概念や理論、特に都市エスノグラフィーの伝統についての知識があれば、本書の位置づけがより明確になるだろう。
さらに、質的研究方法論、特に参与観察法の基本的な考え方と技法についての理解も重要である。
6.最新の研究動向
『ストリート・コーナー・ソサエティ』は、今なお都市研究や質的研究方法論の分野で参照され続けている。近年の研究動向としては以下のようなものがある。
松尾浩一郎は『日本の地方都市における若者の社会関係資本』において、ホワイトの方法論を現代日本の文脈に適用し、地方都市の若者の社会関係を分析している。これは、ホワイトのアプローチが現代社会の分析にも有効であることを示している。
また、藤田結子は『文化人類学と社会学の方法論』で、ホワイトの研究を現代的な研究倫理の観点から再検討している。これは、古典的研究を現代的視点から批判的に読み解く重要性を示唆している。
さらに、浜日出夫は『エスノメソドロジーとその周辺』において、ホワイトの参与観察法とエスノメソドロジーの親和性を論じている。これは、古典的研究と現代的アプローチの接点を探る試みとして注目される。
これらの新しい視点を踏まえつつ、『ストリート・コーナー・ソサエティ』を批判的に読み解くことが、現代の読者には求められている。ホワイトの研究は、都市社会の理解と質的研究方法論の発展に今なお大きな可能性を秘めているのである。
参考文献リスト
- 佐藤郁哉『エスノグラフィー・ストリートの人間学』(有斐閣, 1992)
- 野沢慎司『リーディングス ネットワーク論』(勁草書房, 2006)
- 佐藤郁哉『フィールドワーク』(新曜社, 1992)
- 藤田結子・北村文『現代エスノグラフィー』(新曜社, 2013)
- 松尾浩一郎『日本の地方都市における若者の社会関係資本』(ミネルヴァ書房, 2015)
- 藤田結子『文化人類学と社会学の方法論』(ミネルヴァ書房, 2018)
- 浜日出夫『エスノメソドロジーとその周辺』(勁草書房, 2017)